政策特集ひろがる標準化の世界 vol.7

標準化のキーマンが語る「ルールメーク」の最前線

経産省 松本国際戦略分析官 vs 産総研 持丸研究センター長【前編】

経産省の松本氏(左)と産総研の持丸氏

 標準化をめぐる世界的な潮流が大きく変わりつつある。対象分野がモノからサービス、社会システム分野へ広がりつつあることはもとより、企業が新市場を獲得する切り札として、ビジネス戦略上の意味合いも増している。国際標準化機構(ISO)副会長を務める経済産業省基準認証政策課の松本満男国際戦略情報分析官と、ISOのシェアリングエコノミー技術委員会で国際議長を務める産業総合研究所人間拡張研究センターの持丸正明研究センター長。標準化政策に携わる二氏が、それぞれの立場からルールメークの最前線を語り合った。

ビジネスを有利に展開

 【経済産業省 松本満男氏(以下、松本)】
標準化に求められる役割は時代によって移り変わってきましたが、近年の変化はめざましいものがありますね。マネジメントシステムに始まり、サービス産業や社会システムといった分野が標準化の対象となり、例えば観光やサステナブルファイナンスにおける国際標準化が議論されています。シェアリングエコノミーをはじめ日本発の意欲的な提案もありますね。

 【産業総合研究所 持丸正明氏(以下、持丸)】
 国際標準化機構(ISO)のTC(技術委員会)のナンバーで言うところの250番以降、すなわち新設の委員会の多くはサービスなど新たな分野が占めています。技術開発が終わる前に、いち早く標準化へ向けた議論が始まるのも最近の傾向で「もうTCを作るのか」と驚かされることも多々あります。
 スピード感もさることながら僕が注目しているのは、製品の仕様や性能を定めてきた従来型の標準と異なり、考え方やガイドラインといった、「上位概念」を標準化する傾向が強まっている実情なんですよ。互換性や安全性の確保はもちろん重要ですが、まずは目指す未来像を共有することで合意を目指す発想です。とりわけSDGs(国連の持続可能な開発目標)に関わる分野ではこうした傾向が顕著で、個別の製品やサービスを標準化するのではなく、理念を共有するために標準化が用いられています。一見、青臭いようですが、実は欧州諸国は案外したたかで、「SDGsの実現で合意しましたよね。ならば当社のシステムを使うと効率的ですよ」とビジネスを有利に運ぶ戦略です。

2009年に韓国・ソウルで開催されたISO TC159/SC3/WG1の公開ワークショップにて。後列左から3人目が持丸氏

健全な市場を創り出す

 【松本】 私は今年、現役公務員としては初めて国際標準化機構(ISO)の副会長に就任したのですが、各国が産業政策のツールとして標準化を一層重視する姿を目の当たりにします。巨大市場を抱える中国は法律を改正してまで国策として標準化を推進し、EU(欧州連合)は規制と標準をうまく使って加盟各国をまとめ上げなければならない。ISOの理事会では、メンバーは各国を代表して参加しているのではなく、公正・中立な標準による世界経済の促進を目指し、ISOとしてどうあるべきかという議論をしてほしい、といった趣旨の発言が繰り返されますが、裏返せばそれだけ各国が背負っているものが大きいということでしょう。

2019年9月に南アフリカ・ケープタウンで開催されたISO総会で報告を行う松本氏

 【持丸】 標準化は新たな市場を切り拓く原動力ですが、重要なのは標準化を主導した1社が圧倒的シェアを獲得するのではなく、複数の関係者が協力して、一定のクオリティーを担保できる信頼性のある市場を創出する点に意義があることです。「悪貨が良貨を駆逐する」ような事態を避け、高品質な技術やサービスの普及を通じて健全な市場を創出する考え方です。例えば日本の保冷宅配便サービスを国際標準化する狙いはここにあります。

変わる市場の力学

 【松本】 ルールメークの巧拙がビジネス戦略を左右するー。これはまぎれもない事実ですが、勝負の行方についても持丸さんは持論があるそうですね。

 【持丸】 誤解を恐れずに言えば、過去の標準化の世界は仮に規格争いに敗れても、あまり「敗北感」を抱かず済んできたと思うんです。製品開発の失敗や価格戦略の誤りは企業収益を直撃しますが、標準化は違う。何となくビジネスの風向きが自社に不利になった様相は感じていても、長い交渉過程のどこで道を誤ったのか、直接的な理由までさかのぼることはなかなかできません。裏返せば標準化戦略の失敗から学ぶことができなかったわけです。

 【松本】 加えてこれまでの日本企業は、たとえルール形勢が自社に不利であっても技術力や高い品質を武器に、これを挽回し、市場の支持を獲得することが可能だった。

 【持丸】 そうなんです。ところがいま、こうした市場特性は大きな転換点にあると考えています。

 【松本】 どういうことですか。

 【持丸】 IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)といった技術進展に伴い、あらゆる製品が「つながる」社会が到来した結果、いったん確立した市場に再参入することが非常に困難になっているのです。それは標準化戦略と無縁の事象ではありません。

※ 後編に続く

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