政策特集社会課題に挑むイノベーション新潮流 vol.3

時空を超えたその先に アバターが描く未来

ANAHDとJAXA、大分県が連携して行った遠隔授業。学校にいながらにしてJAXA筑波宇宙センターを見学している児童の顔がアバター(左)に映る


 人間が距離や身体的な制約から解き放たれる-。そんな未来はそう遠くないらしい。
 先生 「今日は皆さんがアバター(遠隔操作ロボット)の中に入ってJAXA(宇宙航空研究開発機構)筑波宇宙センターを見学します」。
 2018年10月。大分県内の小学校で、アバターを用いて県内外の施設を見学する遠隔授業が実施された。児童は教室からパソコンでロボットを操作しながら模型や実物、展示物を見て回った。「JAXAの菊池です。皆さん、こんにちは」。生徒「ロケットに使われている部品はどれぐらいありますか」。施設で説明する職員に直接、質問し、説明を受ける場面もみられた。
 大分県とともに、この実証事業を行ったのはANAホールディングス(HD)。遠くにあるアバターを、あたかも自らの分身のように操作し、見て、聞いて、触る。同社はアバター技術を利用したサービスへの参入を発表しており、今回の遠隔授業はほんの一例だ。日本科学未来館でも遠隔の施設見学を行うなど、ANAHDは遠距離の施設同士をアバターでつなぐ新しい教育のかたちを目指している。

自身のアバターを駆使して東京・江東区青海の日本科学未来館を見学する大分県立別府支援学校の児童(写真上)と日本科学未来館(下)

究極のモビリティー

 アバター技術とは、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、センサーなどを組み合わせ、ロボットを通じて、遠く離れた人とのコミュニケーションや遠隔作業を行う技術のこと。同社の構想では、まずは既存技術を活用し、疑似旅行や教育、空港業務の効率化などの分野でサービス実証を進め将来は、災害救助や人間の活動が困難な場所での活用を目指す。さらにはJAXAと連携し、「AVATAR Xプログラム」として、宇宙関連事業にも乗り出している。宇宙ステーションや月面、火星などにアバターを配備し、遠隔操作による作業を実現したり疑似的な宇宙観光も目指している。
 これらは一見、航空事業と直接関わりのない新規事業、あるいは潜在的な旅客需要の深耕策のようにも映るが、同社にとってのアバターは、エアラインと並ぶ、新たな移動手段を創出するほどのインパクトがあり、究極のモビリティーである。
 「意識、技能、存在感を転送することで『移動』が成立すると捉えれば、アバター技術によって実現される未来は、『世界をつなぐ』を経営理念とする当社のビジネスとまさに一致するのです」。ANAHDの深掘昂さんはこう語る。

ANAHDの深掘氏


 米グーグルがスポンサーになった月面無人探査レースなど、イノベーションをリードしてきたことで知られるXプライズ財団の賞金レース。2022年に向け、すでに始まっている開発レースのテーマはずばり「アバター」。ANAは日本企業として初めて賞金総額1000万ドル(約10億円)のスポンサーとなり、自ら技術開発を促進させる。「初めて操作する人が100キロメートル以上離れたアバターを遠隔操作し、単純作業から複雑な作業まで行う」という目標に向け、世界各国から500以上のチームが優勝目指して技術開発を競い合う。

「遠隔存在」の提唱者

 実は、今回の賞金レースのテーマ選定にあたり、同財団の調査チームが訪ねた日本人研究者がいる。1980年に世界で初めて「テレイグジスタンス(遠隔存在)」の概念を提唱した東京大学名誉教授の舘暲氏。テレイグジスタンスとは、人間が実際に現存するのとは異なる場所に「実質的に」存在し、そこで自在に行動するという存在拡張の概念であり、それを可能にする技術体系を称する。40年以上にわたり研究が重ねられてきた舘氏の概念を体現したロボット「テレサⅤ」を実演した結果、他のテーマを押しのけ、アバターが次期賞金レースのテーマに決まったのだ。
 そんな舘氏を会長に迎え、社名にその名を冠した「本家・本元」が2017年設立のスタートアップ企業、テレイグジスタンス社である。2018年に発表したテレイグジスタンスロボット「モデルH」は初の量産型のプロトタイプで、操作者はVRゴーグルや指先の動きをセンシングするグローブを装着。ロボットの目や指を通じて遠隔にあるものを感じることができる。

テレイグジスタンス社のロボット「モデルH」と彦坂氏


 こうしたロボットの産業化を目指す同社が、照準を定めるのは、大きく二つ。ひとつは遠距離で移動コストがかかり、かつ労働コストが高い分野。その典型は宇宙空間である。もうひとつは、人間が行う労働集約的かつ不定型な業務を代替する産業分野だ。彦坂雄一郎COO(最高執行責任者)はこう語る。
 「感覚が研ぎ澄まされた一流のアスリートは、ラケットやバットをあたかも自分の身体の一部のように操るように、人間の身体感覚は『拡張』します。こうした感覚を学習したAI(人工知能)をロボットに搭載することで、既存の産業用ロボットによる省人化とは全く異なるアプローチで、人手不足や労働力の偏在といった課題解決に貢献できると考えています」。実際、同社には物流や建設、輸送などさまざまな企業が投資。それぞれの産業領域で、それぞれの未来を描こうとしている。
 テレイグジスタンス社は、前述の「モデルH」で浮き彫りになった技術課題を検証し、2020年にも新機種を発表する計画だ。改良点の中には、機構の耐久性や制御の自由度といったメカトロニクス的な課題だけでなく、長時間の操作で感じる「酔い」のような違和感などアバター特有の課題もあるという。これらを克服した高いユーザーインターフェースと費用対効果の両立。それが、アバターの産業化、商用化への第一歩となる。
 開発過程では、「人間が兼ね備えた能力の素晴らしさをあらためて実感する」と語る彦坂氏。アバターが実現する未来を描くことは、「人間とは何か」という根源的な問いに重なる。それは、同時に私たちに、これからの働き方や生き方、社会のありようを突きつけている。

記事が気に入ったらいいねしてください! METI Journalの最新情報をお届けします!