政策特集今、福島は vol.10

【立命館大学・開沼博准教授インタビュー】専門家は「生活の言葉」で発言を

「現場で生きようとしている人たちの言葉、生き方の中に地域の未来があると思っている」

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 東日本大震災から7年が経過し、福島の復興は着実に進んでいる。一方で、これから取り組むべき課題も多い。福島大学客員研究員、多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会委員などの様々な立場で活躍されている、立命館大学衣笠総合研究機構准教授の開沼博さんに福島の今後の展望について語ってもらった。

放射線の問題は一定の目処

 ―震災から7年がたちました。福島が置かれている状況をどのように見ていますか?
 「産業について考えてみると分かりやすい。帰還困難区域を除けば、放射線の問題は一定の目処がついた。しかし一方で、産業自体への打撃、疲弊はまだ続いている。そもそも日本全体にある1次産業の脆弱さ、不安定さとも結びついていると思う。例えば放射線の問題だが、米の全量全袋検査では基準値超えがでない状態が数年以上続いている。野菜や肉、魚介類についても同様に、基準値を超えるような作物を取る方が難しいぐらい。もちろんイノシシや山菜、キノコなどごく一部の作物、特に野生のものについては放射線の問題はあるが、大きなトレンドで見れば問題は解消に向かっている」
 「一方で価格はまだ回復していない。要因は二つあって、一つはいわゆる風評被害の問題。消費者意識として、原発事故の直後に福島県産品を避けようという感覚が強くあった。そして、それが時間の経過の中で流通構造の固定化につながっている。福島県産品は「品質は良いけど安く買える」と位置づけられてしまった。スーパーの売り場などに並べることが控えられ、中食や外食産業、飼料用などで福島の作物が流通する傾向も残る。」

 ―固定化したものが戻るのは難しいのでしょうか?
 「消費者意識から流通構造に問題の主軸が移り、一度そういう構造ができてしまうと覆しがたいというのが風評の問題。ただ、そもそも福島の農業、さらには日本の農業が順風満帆だったのかというとそんなことはなくて、むしろ弱まりつつあった。生産者は高齢化し、輸入品との競合も増えている。加えて国内では6次産業化ブームで競争は激しくなっていた。そんな中、震災で大きな打撃を受け、産業自体が弱ってしまい、離農者も増えた。福島の一次産業は東京という大市場の需要にタイミングよく応えることに強みの中心があり、ブランドで勝負し価格を底上げすることへの意識が薄かったため、より苦戦を強いられている。観光も同じで、かねてより外国人観光客に対して福島や東北の魅力を伝え切れずにいた。それが震災によって、もともとの弱い部分がさらに露呈しているのが現状の構造だろう」

課題克服の先進モデルに

 ―震災の影響に、福島県や東北という地域が抱える構造的な問題が加わっているということでしょうか?
 「震災があったから、そして原発事故のせいでこうなったという話だけをしていても解決しない問題もある。例えば福島県の一部の地域では復興バブルもあって、医療や福祉・介護に若者を雇えない状況が続いていた。しかしバブルを解消すればいいということでもなく、医療者不足も震災前から問題となっていた。高齢化が進む中、地域コミュニティをどう再構築し、そこに地域の産業を誰が根付かせていくのか。日本全体、あるいは世界の先進国でも遅かれ早かれ等しく抱えるであろう問題に、福島はより厳しい形でより早く直面している」

「先進国で等しく抱えるであろう問題に、福島はより厳しい形でより早く直面している」(開沼さん)

 ―そのような問題意識は高まっているのでしょうか?
 「正しい現状認識は形成されつつある。住民自身が、問題を把握できるのはとても重要なことだ。それができていない故に、後から気付いたらとんでもないことになっていたということは、社会課題や地域課題でいくらでも見られる。福島は幸いにもそこに気付くことができた。そうであるならば、その課題にどう向き合っていくか問われている。気付きの背景には、復興という文脈でヒト・モノ・カネ・情報、その他、震災・原発事故が無ければ来なかったであろうリソースが多く集まったことも大きい。例えば福島相双復興官民合同チームが、原発周辺地域にある事業者のニーズをローラー作戦的に調査し、支援している取組は、本当に貴重なことだ。あれだけ地元の中小企業の現状を大規模に調べ、しかも対応策を一緒に考えていきましょうという取り組みは、復興の文脈だからこそ可能になったものでありながら普遍的な応用可能性を持っている。つまり、そこで見えてきた課題を解決していけるモデルケースができるなら、福島や他の被災地以外でも、疲弊する産業を抱えた多くの地域にとっては重要なヒントになり得る。福島という名前は、大変残念な形で世界に知られてしまったが、このことも逆手にとればいい。相変わらず悪意をもってデマを流すような人もいるが、善意を持って向き合いたいという人も一定割合いる。それは福島にとっての資産。関係人口と最近では言うが、そういう人たちの関心と関与は力であり、それを使って、これまで誰も生み出してこなかったような、課題克服の先進モデルを作っていくことが重要だと思う」

避難地域は三つのパターンに

 ―一方で、原発事故のあった周辺地域では人口の回復が遅れています。
 「避難指示がかかった地域でいうと、三つぐらいにパターンが分かれている。一つ目が早期に避難指示を解除した広野町とか川内村といったところで、帰還の割合で言うと8割程度の地域だ。このような地域は実際に行ってみれば分かるが、いろいろなことが動き出している。広野のスーパーに夕方行けば小さな子を連れた母親が夕食の買い物をし、高校生が勉強したり喋ったりしている。移住者が新しい文化を作っていたりもする。廃炉や除染のため移り住んだ新住民も含めて、新しい町の姿を模索することが今後は重要だ。二つ目は、1割から3割ぐらい人口が帰ってきているところで、これは楢葉町とか南相馬市の小高区とか、帰還者が1割程度と言われる飯舘村も含まれる。これぐらい住民が戻ると、町にも人の息づかいが感じられるようになる。残りの7~9割のうちどれだけが戻ることができるか分からないが、できることはあるし、具体的なプランも次々と出ている。これらの住民ベースの動きをどれだけサポートしていくことができるかが重要。三つ目は、ようやく1年前に避難指示が解除された富岡町とか浪江町など。ここにはハード面含めて相当なサポートが必要だ。教育や医療福祉などをどう整えるかなど、政治行政が支えていく役割は相当大きいのかなと思っている。ただ、こうしてパターン化できたとしても、答ありきで進められるものではない。福島イノベーションコースト構想のような大きなビジョンも必要だし、官民合同チームのような草の根的な課題や情報の拾い上げ、対策も重要。NPO等住民主体の活動の活性化含め、さまざまな取組みを進めながら、その時々で変化していく状況を見ていく中でこそ、どういう未来の可能性があるのかが見えてくる。現場で生きようとしている人たちの言葉、生き方の中に地域の未来があると思っている」

 ―今回の震災では風評被害が深刻となっています。
 「どう解決しようかという議論が、福島県内はともかく、全国的に熟していない。積極的にデマを広げようという人たちだけでなく、単純に無関心になってしまい、2011年春先の福島のイメージで全てを語ってしまう人たちが今もいる。昨年、東京に住む人を対象に実施されたシンクタンクのアンケート調査では、約3割5分の人が福島の食べ物を食べたり、福島に観光に行ったりすることを、自分の家族とか知人、友人に薦めるのは躊躇すると答えている。これは結構大きな割合だ。こういう状態が続くと、さまざまな差別にもつながっていく。どうにか解消しないといけない」

事実と違うことはチェックを

 ―風評被害を無くすためにできることは何でしょうか?
 「7年たってもデマを流すような人はなかなか変わらないかもしれないが、無関心な人に対する根気強い情報の共有活動はもっと進めていかなければならない。私自身も一般書を書いたり、ファクトチェックサイトを作って事実と違うことは『事実と違いますよ』と根拠を提示してチェックする活動を行ったりしている。福島のおいしさ、楽しさといったポジティブな情報だけを流せばという人もいるが、残念ながらそれだけでは無関心な人が福島を忌避するような感情を変えることはできない。その人たちの情報をいかにアップデートしていくか。ネガティブな話も見て見ぬふりせず、正面から向き合うことが重要だ」

 ―ただ廃炉の問題など一般の人にはなかなか理解できないのも事実です。
 「最大の問題は、“何が分からないのか分からない”という状態で止まってしまっていること。“何が分からないのか分からない”人に向かって、専門家は『これが分からないんですよね』と勝手に想定し、いきなり技術的な定義や原理の話しを技術的な言葉を用いて説明したがる。しかし、そこで暮らしている人たちは、それがもう一回爆発したり、もう一回避難させられたりしないかとか、海とか大気中に放射性物質が出て食べ物に入ったりしないかとか、ゴミはどうなるかとかという、すごくシンプルだけれども、自分の身に降りかかるかも知れない問題を知りたがっている。そこに真摯に答える言葉を専門家が持っていなかったことを、私もその端くれとして自省している。『生活の言葉』を獲得できていないという状態は今も続いていて、ともすれば科学の言葉、行政の言葉、政治の言葉に終始し、それを押し付けてまい、住民にとっては自分たちが蔑ろにされているという思いだけを強めてしまったことも多かっただろう。責任を持って発言すべき人が発言を避けていることもあるのかも知れない。そうなったのも分かる。非専門家の前に出て冷静に事実を知ってもらいたいと話そうとしたら、何を言っても『安全PRだ』『御用学者だ』と糾弾されてしまった、それがトラウマになって話すことをやめたという専門家もいる。ただ、安全なものは安全、危険なものは危険、そして私たちは生活するためにこういう見方をすべきであると社会に提示していくことは、命に直結する問題であり、有識者の責任だ。メディアも変な両論併記みたいなことをやっている限り、この悪しき均衡状態はとけない」

単なる費用でなく投資に

 ―廃炉に関する研究開発もこれから進んでいきます。
 「福島第一原発の廃炉作業は先端技術が集積する中で行われているし、今後もそうあるべきだ。そして、遠い未来に視点を置いた時に、廃炉を総括した時に、これが単に莫大な費用をかけて事故処理・廃棄物処理をしましたという話でなく、ここにかけた費用は日本のみならず、世界にとっての、あるいは原子力産業以外にとっての貴重な投資だったんだ、これがあったからこそ、人の役に立つ技術が生まれたし、地域に暮らしている人たちの生活や産業のためになったという結論を作らなければならない。イノベーションコースト構想もその一つだろうし、オンサイトの取り組みもそうだろう。先端技術のみならず、資金や人材の集積と、地域の中小零細企業の持つ地場の力とを噛み合わせながら、世界に通用する事例を生み出してほしい」

 ―当事者でない人たちは、福島にどのように関わっていけばいいのでしょうか?
 「それぞれのレベルでできることがある。繰り返し言ってきていることだが、まずは“買う”、“行く”、“働く”こと。何かものを買ったり、実際に行ってみたり、それでも飽き足らなければ働いてみたり。ちょっとしたお土産や、スーパーで売っている福島のものを買ったり、それについて調べたり、人に勧めてみたりするだけでも良いし、観光地に行ってみるのでも良い。その先に継続的な関与の仕方も見えてくる」

「それぞれのレベルでできることがある。まずは“買う”、“行く”、“働く”こと」(開沼さん)

略歴
開沼博(かいぬま・ひろし)1984年福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒、同大学院学際情報学府博士課程単位取得満期退学。専攻は社会学。立命館大学准教授、東日本国際大学客員教授、福島大学客員研究員。著書に『はじめての福島学』、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』、『福島第一原発廃炉図鑑』(編著)などがある。

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