政策特集今、福島は vol.5

生活復興の歩み

「スタート地点に立った段階」(富岡町の宮本皓一町長)

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 「自分は、結局は富岡町で農業をやる運命なのだろうな、という思いは、会社員と兼業をしながらもずっと心の底にあった。だからこそ、富岡町でまたお米を作るなら、できるだけ早い時期がいいな、と」。そう語る渡辺伸氏は、避難指示解除後すぐに、勤めていた建設会社を退職し、富岡町で土に混じる大量の石を除去しながら米作りを再開した。2017年秋に1等米(天のつぶ)3.6トンの収穫に成功。収穫したお米を吉野復興大臣もおいしく味わう光景が、様々なメディアで取り上げられた。

町の88%が帰還可能に

 東日本大震災の直後、町の全域に避難指示が出された富岡町は、役場ごと郡山市に避難した。2017年4月に居住制限区域及び避難指示解除準備区域が解除され、町の88%(面積比)が帰還できる地域となった。同年は、大型ショッピングモールである「さくらモールとみおか」が3月にオープンし、夏祭りやえびす講市※が7年ぶりに開催された。さらに、10月にはJR常磐線の富岡駅-竜田駅間が再開。今後、4月には町内で小中学校の再開が予定され、双葉郡の二次医療を担う医療センター附属病院も開設される。とみおか診療所の今村院長も「各地の高度な医療機関と連携できるようになり、より住民の皆様にとって安心してもらえる環境が整備される」と期待を語る。

 一方、帰還した住民はいまだ458名(本年3月1日現在、2011年3月時点の人口は15,830人)。町内に残る帰還困難区域については、一部地域の避難指示解除に向けて、特定復興再生拠点の整備計画をまとめた。復興に向かってスタートラインから一歩ずつ歩みを進める富岡町は、今後どのような道を辿っていくのだろうか。宮本町長にお話を伺った。
 ※えびす講市:大正12年から続く伝統的な秋市で、平成22年11月の開催から途絶えていた

富岡町の宮本皓一町長

雇用の場が必要

 ―昨年4月に避難指示が解除されて1年近くが経つが、振り返っての感想を。
 「まず帰還困難区域以外の避難指示が解除できたことが本当に良かった。まもなく1年が経過するが、帰還は進んでいない。1割が戻るまでにはまだ時間がかかるだろう。この4月には小中学校の再開を目指しているが、子供を連れて戻られる方はまだ若く、特に雇用の場が必要。そのため、産業団地の整備に取り組んでいる。また、帰還困難区域では特定復興再生拠点の整備計画を国に提出し、認定を待っている(3月5日インタビュー時点)。5年を目途に帰還できる町づくりを進める。現在は、ようやくスタート地点に立った段階で、課題は山積だ」

 ―人口が戻るためには産業復興が欠かせないが、進展は。
 「富岡町には、もともと東京電力の福島第一・第二原子力発電所に資材やメンテナンスサービスを供給するような企業が多く立地していた。そうした事業者の多くは、いわき市等の工業団地で再開しているが、富岡町に戻って来て再開をしたいという事業者に対しては、事業に必要な用地確保などをサポートしていきたい。また、2017年には、福島イノベーションコースト構想の位置づけにもなる日本原子力研究開発機構(JAEA)廃炉国際研究センターの国際共同研究棟を誘致できた。これは、茨城県東海村にあった研究施設を富岡町に移すものであり、30年、40年かかる廃炉を進めるための重要な拠点だ。このような“石”が富岡町に投げられたのだから、ここから水面に波紋が広がるように、廃炉事業にチャレンジする事業者が現れ、進出してもらいたい。去る2月20日に、町内で開催されたロボットや廃炉をテーマにした地元企業と進出企業のマッチングイベント(ふくしまビジネス交流会)は、50社以上が参加する盛況だったので、こうした中から戻ってくる企業に増えていってほしい」
 「一方で、商業の再開はなかなか進まない。やはり人が増えないと商売にならない。さくらモールとみおかの開設で買い物をできる場所は整ったが、それ以外で再開しているのはガソリンスタンドや金物屋さんなど、数件ほどしかないのが現状だ」

 ―避難解除から1年で、実際に帰還された方はまだ多くはありません。課題と今後の取組を。
 「廃炉や除染といった仕事があるので、人口の回復はもっと加速度的に進むと期待したが、今も多くの人がいわき市から時間をかけて通勤している。事業者にとっては、いわき市に社員寮などを整備してしまっているので、富岡町でもういちど住環境を整えようとすると、二重投資となることがネックなようだ。」

子育て支援も

 「富岡町では避難指示解除に先立って医療機関再開の目途をたて、さくらモールとみおかという商業施設や復興災害住宅を整備した。今後は、定住化促進事業も戦略的に進めていく。たとえば、富岡町に住むために新築したり中古住宅を買ったりリフォームをしたりする方には、費用の15%を限度に支援するほか、子連れで帰還又は移住する方には子育て支援を自主財源で実施していく。」
 「住民意向調査において帰還を「迷っている」と答えた人たちに対して、不安を払拭して戻っていただけるようにしていきたい。町民が安心して戻ってこられるようにするためには、震災前に富岡町にあった国の機関に戻ってきてもらうことも必要だ。富岡町は、もともと双葉郡の行政の中心地であり、国の機関の出先事務所に立ち寄る人で賑わっていた。この春にはハローワークや労働基準監督署が町に戻ってくるし、福島相双復興官民合同チームの富岡支部もできる。そうした動きが大事」

少しずつ賑わいを

 ―今後に向けて、一言。
 「復興・創生期間はあと3年だが、それで終わりではない。国には、我々が復興する姿を見届けるまで支援をお願いしたい。夜ノ森の桜並木で、昨年までは『復興の集い』として行ってきた祭りを、今年は震災前と同じ『桜まつり』という名前に戻して4月14日と15日の2日間開催する。また、夏には震災以降は中断していた麓山(はやま)神社の火祭りが再開する。こうしたことをきっかけに、少しずつ賑わいを取り戻していきたい」

JR常磐線の竜田~富岡駅が6年7カ月ぶりに開通した(2017年10月21日)

 「それぞれの事情で今はまだ町に帰れなくても、将来的には戻りたいと思っている人、町に関わっていきたいと考えている人たちがたくさんいる。そういう人たちがまとまって、なんらかの流れを生み出せればいい」。さくらモールとみおかで、飲食店を営む鳥藤の藤田専務は語る。お店のカウンターの中から、除染や廃炉に携わる作業員に加えて、少しずつ富岡町民の顔が増えてきたのを見るのが楽しみと語る藤田氏も、「少しずつ戻ってきた今だからこそ、4月の桜まつりをぜひ見に来てほしい」という強い思いを口にする。

さくらモールとみおかで飲食店を営む鳥藤の皆さん。真ん中が藤田専務。

 昨年8月、7年ぶりに再開された町内の夏祭りで空に打ちあがった大輪の花火。桜の町は、復興と新たな街づくりに向けて、着実に歩みを進めていく。

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