地域未来

激動のエネルギー産業 武州ガスが描く「これからの経営」

農業分野にも進出 受け継がれる渋沢イズム

農業分野への進出を通じて事業の多角化を進めるとともに休耕田の活用など社会課題の解決にも挑む


 サツマイモには十三里という俗称がある。その由来は、栗(九里)より(四里)うまいという駄洒落に由来する説と、サツマイモの産地である川越が江戸の日本橋から十三里(約52キロメートル)離れていたという説がある。どちらが正しいかは議論があるが、東京の中心部から十三里離れた場所は武州ガスにとって「事業をする上でも非常に恵まれた土地」(原敏成社長)のようだ。

時代の変化を見越して

 武州ガスは川越市、所沢市など10市7町に都市ガスを供給する。供給区域内には東武東上線、西武新宿線などの鉄道、関越自動車道、圏央道などの幹線道路が縦横に走る。都心へのアクセスが良くなったことで戦後、首都圏のベッドタウンとして人口が右肩上がりに増加。ホンダなど自動車関連産業も多く誘致されたこともあり、ガス需要は家庭用、工業用いずれも堅調に伸びてきた。
 原社長は2000年の社長就任以降、伝統を受け継ぐ一方で、社員の意識改革を進めてきた。その一つが車座ミーティングだ。05年から全社員を対象に10人程度の少人数の会合を重ねた。
 「当社のようなインフラ業界は決められたことを決められたようにやっていればよい時代が長かったが、世の中は確実に変わり始めていた」(原社長)。少人数の会合ならば発言する必要に迫られる。発言するとなると考えをまとめ、論理的に話さなければならない。「議論の中身は求めていなかった。社員にまず考える習慣をつけてもらいたかった」(同)。
 原社長が予測したように、その後、エネルギー業界を取り巻く環境は激変した。2011年の福島第一原子力発電所の事故により、国は抜本的なエネルギー政策の転換を迫られた。国内の原発が稼働停止したことで、化石燃料(石油、ガス、石炭)による発電量は震災前に比べて最大で2割以上増えたが、2019年度には震災前の水準を割り込んでいる。脱炭素社会に世界中が一斉に舵を切ったからだ。
 武州ガスは原社長の就任前から「環境の時代」を意識した企業ではあった。1985年にガスの原料を石油などから環境への負荷が小さい天然ガスへの転換に着手し、90年に完了。その後、多くの中小ガス事業者が天然ガスへの転換を始めた。
 環境を見据えた取り組みの手綱は今も緩めない。「脱炭素社会への移行は今後ますます加速する。どれだけのスピードをもって対応できるかが課題になる」(原社長)。クリーンなエネルギーである天然ガスの普及と同時に、将来のガス事業縮小を補うために再生可能エネルギー事業に乗り出すなど多角化に余念がない。
 ガス業界のもう一つの大きなうねりが、2017年4月に始まった都市ガスの小売り全面自由化だ。大手電力会社が家庭向けのガス事業に続々と参入し、全国の大都市でガス会社の地盤を揺るがしている。現時点では、武州ガスの供給区域に家庭向けでの大手電力の侵攻はない。供給区域が一定の人口規模がありながらも東京の中心から距離がある恩恵だろうが、「今の状態がいつまで続くかはわからない」(原社長)と気を引き締める。
 原社長は「都市ガスの全面自由化の際に『これから先、武州ガスはどうなりますか』と社員に心配そうに聞かれた。だが、他社の動向も含め将来は正確には見通せない。インフラ企業は最終的には地域にどれだけ根付いているかが重要になる。そのためにすべきことは、目の前のことに一生懸命に取り組み、お客様に喜んでもらうことにつきる」と語る。

今も昔も地域のために

 インフラ企業は地域に根ざした会社が多いが、武州ガスはとりわけ地域性が色濃い。
 創業は1926年。立ち上げの中心になったのは、戦後に武州ガスの三代目社長となる原次郎氏だ。同氏は三芳野村(現埼玉県坂戸市)の青年団長として、地元の発展に尽力していたが、三芳野村周辺は、水害が多い地域だった。当時は、家庭用燃料として、薪や炭が使われていた。伐採により、山林が荒廃し、山が保水力を失って、川が氾濫した。薪に変わる燃料を確保して伐採を防ごうと、ガス会社が立ち上げられた。今の武州ガスだ。
 原氏にとって恩人となったのが、生家の近くの出身者で、「日本の製紙王」と呼ばれた大川平三郎氏(武州ガス初代会長)。「水害で苦しむ郷土を救いたい」と原氏が協力を仰いだところ、大川氏は物心ともに支援を惜しまなかった。
 大川氏は渋沢栄一氏の甥にあたる。渋沢氏が唱えた経済道徳合一主義(企業の目的が利潤の追求にあるとしても、その根底には道徳が必要であるとする説)が渋沢氏から大川氏に受け継がれ、令和の武州ガスにも脈々と流れている。

原敏成社長。同社の立ち上げに尽力した創業者の原次郎氏の胸像とともに


 原社長は「地域社会への貢献、公共性は当社にとって、もはや無意識で根付いているもの。日常の一環」と語る。ボランティア清掃やチャリティーコンサート、防犯パトロール、環境団体への助成支援、小中学校などへの出張授業、環境学習など活動は多彩だ。ガス普及も兼ねて本社や所沢営業所で開く料理教室も人気だ。

社会課題の解決に挑む

 2020年度には農業事業に進出した。坂戸市の約2万平方メートルの農地で稲作に取り組んでいる。脱炭素社会を見据えた新規事業の立ち上げだが、休耕田の活用や農業の担い手不足など社会課題の解決も狙う。こうしたところにも渋沢栄一氏の「世のため、人のため」の精神が引き継がれていることがわかる。

環境学習など地元の小中学生を対象にした次世代教育にも力を入れる


 武州ガスでは10年後のビジョンを計画し、それをもとに3カ年のロードマップを策定している。「最近は原案の策定段階では、あまり関わっていない。『社長は、まだ参加しなくていいです』と社員だけで積極的に議論するようになって」と原社長は冗談交じりに語るが、その表情にはうれしさが隠しきれない。「決められたことを決められたようにやる集団」から「自ら考えて行動する集団」へ。社員一人一人が地域と武州ガスの未来をしっかりと描き始めている。

【企業情報】
▽所在地=埼玉県川越市田町32番地12▽社長=原敏成氏▽創業=1926年(大正15年)10月▽売上高=325億円(2020年3月期)