地域未来

料理が美味しくなる「魔法の鍋」で豊かな食卓を

愛知ドビーの「バーミキュラ 」世界一のものづくりへの軌跡

バーミキュラの鍋。カラー展開も豊富でスタイリッシュ


 バーミキュラとは鋳物ホーロー鍋のブランド。鋳物ホーロー鍋はさまざまあるが、無水で調理できるのはバーミキュラを含め数少ない。蓋できっちり密閉できる無水調理可能な鍋を使うと、まるで魔法にかかったかのように料理が美味しくなる。これを製造するのが愛知ドビー。暮らしを支えるヒット商品の裏には、ものづくりに対する誇りを取り戻そうと奮闘した開発の軌跡がある。

繊維機械で培われた技術

 社名に冠する「ドビー」とは、生地などの繊維を織る際に、縦糸を上下に開口させる装置を指す。この装置を用いた機械をドビー機と称する。同社は1936年の創業時からドビー機の生産を手がけてきたが、産業構造の転換に伴い、生産量は徐々に減少。機械部品の下請け製造も手がけるようになる。3代目社長の土方邦裕さんが父から会社を継ごうと決意した頃には、下請け仕事の受注も減り、収益は悪化。経営は厳しい状況にあったという。
 「私が生まれ育った家は、会社のすぐ隣にあり、小さい頃は学校帰りに職人たちに遊んでもらいました。いい時も悪い時もずっと会社を見てきたのです。その会社がなくなり、職人たちが失職するのは絶対に避けなくてはなりません。もう一度勢いのある愛知ドビーを見たい、そのためには自分が会社を立て直さなければと決意しました」。
 大学卒業後豊田通商でディーラーとして勤務していた土方社長は、2001年に入社し、自ら現場に入る。トヨタ自動車に勤務していた弟の土方智晴さんはその5年後に入社し、後に副社長に就任。社長は「鋳造」、副社長は「精密加工」と、二人三脚で技術を習得した。二人は職人たちとともに汗を流すうちに、ひとつの可能性を確信する。
 「当社はもともとメーカーだったのですから、下請け業務では職人たちのモチベーションが上がりません。だったらうちならではの精密な鋳物を作る技術で、どこにもないものづくりをしたら彼らの働く意欲も上がるはずです」(土方社長)。ドビー機から始まった鋳造や精密加工の技術では「どこにも負けない」との自負もある。
 「鋳造」と「精密加工」。ふたつを掛け合わせた技術を生かしたものづくりを模索するなか、たどり着いたのが鋳物のホーロー鍋。これで「愛知の小さな町工場から、世界一の製品を作ろう」と決意する。

土方邦裕社長

出口の見えない試行錯誤の末に

 日本でも人気のフランス産の鋳物ホーロー鍋は、料理が美味しくでき上がるが、無水調理ができるものがほとんどない。なぜ無水にこだわるかというと、素材本来の旨みも栄養素も逃さないから。鋳物ホーロー鍋で無水調理を可能にするには、蓋と鍋本体をぴったり密着させた密閉性が必要。そのためには100分の1ミリの歪みも逃さない精緻な削り作業を、職人の手作業で行う。しかし800度の高温で鋳物にホーローの焼き付けをすると、どうしても歪みが出てしまって密閉できない。
 「当社の技術があれば、半年で鍋が完成するだろうと思っていましたが、それは間違い。考えてみれば、鋳物ホーローで完全な密閉状態にするなど、ほとんどのメーカーがやっていないのですから、簡単にできるわけないのです(苦笑)」。
 幾度となく試行錯誤を重ねる過程では「出口が見えない迷路に迷い込んだようでくじけそうになった」と振り返るが諦めることはできなかった。苦節3年、ようやく念願の無水調理鍋が完成した。
 「その時にできた鍋で作ったカレーの味が言葉にできないくらい美味しくて。私は人参が嫌いだったのですがこれが信じられないほど甘かった。わざわざ人参を探して食べたくらいです」。
 こうして生まれたバーミキュラの鍋は、2010年の発売以来、最長で15ケ月の予約待ちが出るほどの大人気商品となった。

製品愛に溢れる社員、誇りを持つ職人たち

 鍋に続き、海外市場も狙う炊飯器「ライスポット」、今年4月にはフライパンが発売された。愛知ドビーの女性社員は「フライパンで目玉焼きを作ると白身がカリカリ、黄身がプリプリ濃厚に仕上がります」、「素人では難しいローストビーフが、プロの味に仕上がるのがすごいです」と商品の魅力を自らの体験、言葉で発信。社員自らが、バーミキュラの大ファンになっているのだ。

4月に発売されたばかりのフライパン


 「彼女たちは“コンシェルジュ”という社内資格を持っています。100以上の料理作りの実績や実技試験をクリアするなどの条件を満たした者だけが持っていて、資格を活かしてバーミキュラ ビレッジでお客様に接しています」と土方社長。
 くだんのバーミキュラ ビレッジは、2019年12月に名古屋市の中川運河沿いに体現型複合施設としてオープン。そこでは一般客が購入前にバーミキュラを試したり、これを用いて調理した料理をベーカリーカフェ・レストランで楽しむこともできるほか、料理教室や製造実演も開催している。

中川運河沿いの新しいランドマーク「バーミキュラ ビレッジ」


 「下請け時代はモチベーションが上がらなかった社員たちも、今ではバーミキュラのロゴを刺繍した帽子を社外でもかぶるほど当社で働くことに誇りを持ってくれることが嬉しい」(土方社長)と手応えを感じている。
 新型コロナは同社のビジネスにも少なからず影響を及ぼしている。バーミキュラ ビレッジが一部休業に追い込まれたり、販売店で調理実演などができなくなった。その一方で、自宅で過ごす時間が増えたことで、料理はもとより、家族で食卓を囲む豊かな時間の大切さをあらためて認識する人が増えたことは同社にとって新たな商機となる。
 MY VERMICULAR というスマホアプリに掲載されているレシピは、7000以上。特別な腕は不要、高価な素材や調味料を使わずともバーミキュラの鍋やフライパンがあれば、手間暇かけずに、美味しい料理が完成する。「食は生活の基本。これからもその大切さを伝え続けていきたい」と語る土方社長。長らく製造現場を下支えしてきた日本のものづくり企業の新たな姿を体現している。

【企業概要】
 ▽所在地=名古屋市中川区舟戸町2 運河沿い バーミキュラ ビレッジ スタジオエリア▽社長=土方邦裕社長▽設立=1936年▽売上高=39億円(2018年11月期)